私たちは宇宙の現在の状態を、それ以前の状態の結果として、またこれから来る状態の原因として考えなければならない。ある瞬間に、自然を動かしているすべての力と、自然を構成するすべての存在のそれぞれの位置を知り、しかもそれらのデータを解析にかけられるほど広大な知性があるとすれば、その知性は宇宙のもっとも大きな物体の運動も、もっとも軽い原子の運動も、同じひとつの式のうちに包みこむだろう。その知性にとって不確かなものは何もなく、未来も過去と同じように、その目の前にあるだろう。 — ピエール=シモン・ラプラス『確率の哲学的試論』(1814) これはラプラスのもっともよく引用される一節である。ニュートン力学を最後まで押し進めた世界観がここに要約されている。運動の法則が正確で、現在が完全に知られているなら、未来は完全に決まっている。これが決定論である。 『確率の哲学的試論』1840 年版で、知性についての一節が載っているページ。Pierre-Simon Laplace · Wikimedia Commons · パブリックドメイン 悪魔ではなかった悪魔 ラプラスは「悪魔」という言葉を一度も使っていない。彼が語ったのは「知性」である。このあだ名はのちに、物理学に出てくるほかの架空の存在になぞらえてつけられた。そしてこの一節の文脈はたいてい忘れられている。これは確率の本の冒頭にあり、ラプラスの議論は見かけとは正反対なのである。 彼は、人間の精神はこの知性のかすかな似姿しか示せないと言う。私たちはすべての力もすべての位置も知らず、その一部しか知らない。だからこそ確率が必要なのだ。ラプラスにとって確率が測るのは世界のなかにある偶然ではなく、私たちの部分的な無知である。投げられた硬貨は力学の法則に従っている。表の確率を $\frac{1}{2}$ と言うのは、投げる力を正確には知らないからである。継起の規則の背後にあるのも同じ見方で、確率とはわずかしか知らない者の信念の度合いなのである。 カオス ラプラスの決定論は、現在をほぼ完全に知れば、未来もほぼ完全に知れると仮定している。1890 年、三体問題を研究していたアンリ・ポアンカレは、いつもそうなるわけではないことに気づいた。ある種の系では、初期条件のごくわずかな違いが止まることなく大きくなっていく。1963 年、気象学者エドワード・ローレンツは天気のシミュレーションのなかでこの現象を再発見した。今日カオス、あるいはバタフライ効果と呼ばれるものである。 簡単な計算でこの効果の強さがわかる。最初の誤差が $10^{-10}$、つまり百億分の一で、それが一ステップごとに倍になるとする。$n$ ステップ後の誤差は $2^n \cdot 10^{-10}$ で、それが系そのものの大きさである 1 の桁に達するのは $$2^n = 10^{10} \quad\Longleftrightarrow\quad n = \frac{10}{\log_{10} 2} \approx 33$$のときである。33 ステップで、小数十けたの精度が役に立たなくなる。しかも小数を一けた増やしても、稼げるのはおよそ 3.3 ステップにすぎない。ラプラスの知性には無限の精度が必要なのである。 二十世紀には量子力学がさらに先へ進んだ。ハイゼンベルクの不確定性原理によれば、粒子の位置と速度は、同時に任意の精度で知ることさえできない。現在が未来を決めるラプラスの世界は、確率が法則そのもののなかにある世界に席をゆずった。 もうひとつの悪魔 物理学でいちばん有名な悪魔はラプラスのものではなく、ジェームズ・クラーク・マクスウェルのものである。1867 年、マクスウェルは手紙のなかで、二つの気体の部屋のあいだの小さな扉を操り、速い分子だけを一方へ、遅い分子だけを他方へ通す小さな存在を想像した。仕事を使わずに一方の部屋を温め、他方を冷やすのだから、熱力学の第二法則に反する。この存在を「悪魔」と呼んだのはウィリアム・トムソンである。それがなぜうまくいかないかの説明は二十世紀になってようやく得られ、情報とエネルギーを結びつけた。分子を選り分けるには、悪魔は測定し記憶しなければならず、その記憶を消すにはエネルギーがかかるのである。 練習:小数十五けたコンピュータはおよそ小数 15 けたで数を記憶する。誤差が一ステップごとに倍になるとき、カオス的なシミュレーションは何ステップですべての精度を失うか。 $2^n \cdot 10^{-15} \approx 1$、すなわち $n = \frac{15}{\log_{10} 2} \approx \frac{15}{0.301} \approx 50$ ステップである。使える最良の算術をもってしても、五十回ほど倍になれば予測は意味を失う。