無限小における幾何学の仮説の妥当性の問題は、空間の計量関係の内的な根拠の問題と結びついている。 — ベルンハルト・リーマン『幾何学の基礎にある仮説について』(1854) 1854 年 6 月 10 日、リーマンはゲッティンゲンの学部で講演『幾何学の基礎にある仮説について』をおこなった。哲学者や歴史家も含む聴衆に向けて、ほとんど数式を使わずに書かれたものである。この原稿が出版されたのは彼の死後の 1868 年だったが、それは幾何学を変えた。 内側から見る幾何学 出発点は、ガウスの驚異の定理だった。曲面の曲率は、その曲面のなかに住む者が、外から眺めることなく距離を測るだけで測定できる。球面の上にすむ二次元の生き物は、三角形を描いて角を測れば、自分の面が曲がっていることに気づくだろう。 リーマンはこの考えを極限まで押し進めた。ふつうの空間のなかの曲面のかわりに、多様体(Mannigfaltigkeiten)を考えたのである。座標 $x_1, x_2, \ldots, x_n$ で記述される任意の次元の空間で、より大きな何かに埋めこまれている必要はない。多様体に幾何学を与えるのは、ごく近い二点のあいだの距離を測る規則である。 計量 ふつうの平面では、隣りあう点のあいだの距離 $ds$ は三平方の定理で $ds^2 = dx^2 + dy^2$ と与えられる。リーマンは、一般には無限小の距離はもっと一般的な二次式で与えられると提案した。 $$ds^2 = \sum_{i,j} g_{ij}(x)\,dx_i\,dx_j.$$ここで係数 $g_{ij}$ は点ごとに変わってよい。これらの係数が計量をなす。たとえば半径 $R$ の球面上で、緯度 $\varphi$、経度 $\lambda$ を使うと $$ds^2 = R^2\,d\varphi^2 + R^2\cos^2\varphi\,d\lambda^2.$$$\cos\varphi$ が小さい極の近くでは、経度一度ぶんの長さは短くなる。 リーマンは計量から、各点、各方向での曲率を定義した。曲率が一定の空間は三種類ある。曲率ゼロ(エウクレイデスの幾何学)、正(平行線のない球面のような幾何学)、負(ロバチェフスキーとボヤイが発見した、平行線が無限にある双曲幾何学)である。 では現実の空間は 講演の最後で、リーマンは大胆な指摘をした。物理的な空間の幾何学がどんなものかは、前もってはわからない。それは論理ではなく経験によってしか決められず、物体にはたらく「力」に依存するかもしれない。ごく小さなスケールやごく大きなスケールでは、エウクレイデスの幾何学が成り立たなくなるかもしれないというのである。 六十年後、アルベルト・アインシュタインは、自分が必要としていた道具をまさにリーマンの幾何学のなかに見いだした。1915 年の一般相対性理論では、時空は計量 $g_{\mu\nu}$ をもつ四次元の多様体であり、重力は力ではなく、物質とエネルギーが生みだすその計量の曲がりなのである。 ガウスの選択 リーマンは講演の題目を三つ出し、慣例どおりガウスが電気についての二つのうちのどちらかを選ぶと思っていた。ところがガウスは、自分でも何十年も考えながら発表していなかった幾何学についての三つめを選んだ。別の題目をあてにしていたリーマンは、原稿の準備に何週間も集中して取り組まなければならなかった。デデキントによれば、講演の帰り道、ガウスは彼にしては珍しく感情をこめて、聞いた考えの深さについて語ったという。 練習:球面上の三角形地球上で、一つの頂点が北極に、ほかの二つが赤道上の経度 0° と 90° にある三角形を考える。内角の和はいくらか。それは面積とどう関係するか。 赤道上では、経線は赤道と 90° の角をなす。北極では、経度 0° と 90° の経線のなす角は 90° である。和は 270°、すなわち $\frac{3\pi}{2}$ で、$\pi$ ではない。超過分 $\frac{3\pi}{2} - \pi = \frac{\pi}{2}$ に $R^2$ を掛けると三角形の面積 $\frac{\pi}{2}R^2$ になり、これは球面全体 $4\pi R^2$ のちょうど $\frac{1}{8}$ である。曲率が一定の $\frac{1}{R^2}$ である面では、角の超過は面積を $R^2$ で割ったものに等しい。