アルキメデスについてのもっとも有名な話は、彼自身のどの本にも出てこない。それを語ったのは二世紀後のローマの建築家ウィトルウィウスで、その論考『建築について』の第 IX 書においてである。 ヒエロンの冠 ヒエロン王は神々にささげる冠を注文し、金細工師に決まった量の金を渡した。冠ができあがると、その重さは渡した金と同じだった。ところが、金細工師が金の一部をくすね、そのかわりに同じ質量の銀を入れたといううわさが広まった。ヒエロンはアルキメデスに、冠を傷つけずに真相を明らかにするよう頼んだ。 ウィトルウィウスによれば、アルキメデスはこの問題を考えながら、水をいっぱいに張った浴槽に入り、体が沈むにつれて水があふれるのを見た。すぐにどうすればよいかを悟った彼は、裸のまま家へ駆けもどりながら、ギリシア語で heúreka, heúreka、「見つけた、見つけた」と叫んだという。 ウィトルウィウスの方法 ウィトルウィウスの話では、考え方は体積をくらべることである。銀は金より密度が小さく、同じ質量の銀はほぼ倍の場所をとる。冠に銀が混ざっていれば、同じ質量の純金の塊より体積が大きくなる。形の不規則なものの体積を測るには、縁まで水を満たした容器に沈め、あふれた水を測ればよい。 アルキメデスは冠と同じ質量の純金の塊、次に銀の塊、最後に冠そのものを沈めたという。冠は純金よりも多くの水をあふれさせた。金細工師はやはりごまかしていたのである。 なぜほとんどうまくいかないのか 1586 年、若きガリレオ・ガリレイは短い文章『小さな天秤』を書いて問題を指摘した。体積の差はごくわずかで、当時の容器であふれた水を十分正確に測るのはほとんど不可能だというのである。下の練習で計算してみよう。ガリレオは、アルキメデスは自分が実際に証明した結果にもとづく、はるかに感度のよい方法を使ったのだろうと考えた。 アルキメデスの原理 『浮体について』でアルキメデスは、液体に沈めた物体は押しのけた液体の重さに等しい力で上に押されることを証明している。液体より密度の大きい物体は沈むが、軽くなったように見える。液体より密度の小さい物体は浮き、押しのけた液体の重さが物体全体の重さに等しくなるだけ沈む。 ガリレオの提案した方法は天秤を使う。一方の皿に冠を、もう一方に同じ質量の純金の塊をつるす。空気中では天秤はつりあっている。次に両方を水に沈める。冠の体積のほうが大きければ、冠は多くの水を押しのけ、大きな浮力を受けて上がる。天秤は純金のほうへ傾くのである。浮力の差は天秤に直接はたらき、ふつうの天秤は水位よりはるかに感度がよい。 現代の言葉でいえば、質量 $m$、体積 $V$ の物体を水(密度 $\rho_a = 1$ g/cm³)に沈めたときの見かけの重さは $$m - \rho_a V$$である。 船のように浮く 『浮体について』は浮力の話にとどまらない。第二巻でアルキメデスは、船体に似た形である回転放物体が、どんな姿勢なら安定して浮き、どんな姿勢なら転覆するかを調べている。船の安定性についての最初の数学的研究であり、造船技術者がこの問題をこれほど深く扱うのは十八世紀になってからである。この論考のギリシア語の写本として知られている唯一のものは、アルキメデスのパリンプセストのなかにある。 練習:冠の体積冠の質量は 1000 g である。金の密度は 19.3 g/cm³、銀は 10.5 g/cm³ とする。純金の冠の体積はいくらか。金 700 g と銀 300 g の冠ではどうか。容器の口が直径 20 cm の円なら、水面はどれだけ余分に上がるか。 純金では $\frac{1000}{19.3} \approx 51.8$ cm³、混ぜものの冠では $\frac{700}{19.3} + \frac{300}{10.5} \approx 36.3 + 28.6 = 64.8$ cm³ で、差はおよそ 13 cm³ である。容器の口の面積は $\pi \cdot 10^2 \approx 314$ cm² だから、水面は $\frac{13}{314} \approx 0.04$ cm、つまり 0.5 mm 足らずしか余分に上がらない。ガリレオがウィトルウィウスの話を疑ったのはこのためである。