1821 年の『解析教程』は九つの注で終わる。本文に入れたくなかった結果を集めた、一種の付録である。不等式を扱う二つめの注には、数学オリンピックをめざす生徒なら誰でも知っている二つの宝石がある。 不等式 コーシーの定理は、任意の実数 $a_1, \ldots, a_n$ と $b_1, \ldots, b_n$ に対して $$(a_1 b_1 + a_2 b_2 + \cdots + a_n b_n)^2 \le (a_1^2 + a_2^2 + \cdots + a_n^2)(b_1^2 + b_2^2 + \cdots + b_n^2)$$が成り立ち、等号は二つの列が比例するときにかぎる、というものである。 ラグランジュの恒等式による証明 コーシーは、すでにラグランジュにあった恒等式から出発した。二組の数なら、展開するだけでよい。 $$(a_1^2 + a_2^2)(b_1^2 + b_2^2) - (a_1 b_1 + a_2 b_2)^2 = a_1^2 b_2^2 + a_2^2 b_1^2 - 2a_1 b_1 a_2 b_2 = (a_1 b_2 - a_2 b_1)^2.$$一般には、両辺の差は、すべての組 $i < j$ についての平方 $(a_i b_j - a_j b_i)^2$ の和になる。平方の和はけっして負にならず、それがゼロになるのは、すべての $a_i b_j - a_j b_i$ が消えるとき、つまり二つの列が比例するときだけである。証明終わり。