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木星、土星、そして太陽系の安定性

ニュートンはただひとつの法則で惑星の軌道を説明したが、その法則がひとつの問題を抱えていることも知っていた。どの惑星も太陽に引かれ、ほかの惑星にも少しずつ引かれる。この小さな引力は時間とともに積み重なる。ニュートンは、長い目で見れば太陽系は乱れてしまい、ときどき神が介入して秩序を戻さなければならないのではないかと疑った。 木星と土星の謎 天文学者には心配する理由があった。古い観測と新しい観測を比べて、エドモンド・ハレーは 1695 年に、木星がますます速く、土星がますます遅く動いているように見えることに気づいていた。これが永続的な傾向なら、木星はいずれ太陽に落ち、土星は宇宙のかなたに消えてしまう。オイラーとラグランジュがこの現象を説明しようとしたが、うまくいかなかった。 1785 年、ラプラスが答えを見つけた。それは傾向ではなく、周期が 900 年近い、ごくゆっくりした振動だった。天文学者たちはその一部分だけを見て、その区間を直線と取り違えていたのである。 五周対二周 鍵は周期にある。木星は約 11.86 年、土星は約 29.46 年で太陽を一周する。つまり一年あたり $$n_J = \frac{360^\circ}{11.86} \approx 30.35^\circ, \qquad n_S = \frac{360^\circ}{29.46} \approx 12.22^\circ$$進む。土星の二周と木星の五周がほぼ同じ長さであることに注意しよう。$2 \times 29.46 = 58.9$ 年、$5 \times 11.86 = 59.3$ 年である。二つの惑星は 5 対 2 の共鳴に近いという。効いてくるのは差 $$2n_J - 5n_S \approx 60.70^\circ - 61.10^\circ = -0.40^\circ \text{(1 年あたり)}$$である。この差は小さく、だからこそ摂動はなかなか解消しない。この角度が一周するには $$\frac{360^\circ}{1 \text{ 年あたり } 0.40^\circ} \approx 880 \text{ 年}$$かかる。 三角形をなす会合 同じことを目で見る方法もある。二つの惑星は $$\frac{1}{\frac{1}{11.86} - \frac{1}{29.46}} \approx 19.86 \text{ 年}$$ごとに太陽と一直線に並ぶ。これを会合という。そして会合のたびに、前回より約 $242.7^\circ$ 先の位置で起こる。三回続けると $3 \times 242.7^\circ = 728.1^\circ$、つまり二周と $8.1^\circ$ 進む。そのため会合はほとんどいつも空の同じ三か所、ほぼ正三角形の頂点で起こり、その三角形がゆっくり回っていく。一方の惑星が他方を引く力が繰り返し加わり、積み重なるのはこの三か所である。

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星雲説

1796 年の『宇宙体系解説』は、数学の素養のない読者のための本だった。ラプラスはそこで、天体力学が明らかにしたことを散文ですべて語った。そして巻末の注で、彼自身が「観測や計算の結果でないものすべてに向けるべき疑いをもって」と断りながら、太陽系の起源についての説明を試みた。 『宇宙体系解説』第二版の扉、1798 年(共和暦七年)。Pierre-Simon Laplace · Wikimedia Commons · パブリックドメイン できすぎた偶然 ラプラスは誰もが知っている事実から出発した。当時知られていた惑星はみな同じ向きに太陽のまわりを回り、その軌道はほぼ同じ平面にあって、ほぼ円である。自転の向きも同じで、惑星のまわりを回る衛星も同じ向きである。惑星、衛星、自転を合わせて、ラプラスは同じ向きの運動を 43 個数えた。 それぞれの運動が偶然に、確率 $\frac{1}{2}$ でどちらかの向きをとるとしたら、すべてがそろう確率はいくらか。最初の運動が向きを決め、残りの 42 個がそれに従わなければならない。 $$\left(\frac{1}{2}\right)^{42} = \frac{1}{4\,398\,046\,511\,104} \approx \frac{1}{4.4 \times 10^{12}}.$$ラプラスは、この配置に共通の原因があることに「四兆対一以上」で賭けられると書いた。空に確率の推論を当てはめる、いかにも彼らしい考え方である。偶然が奇妙だと言うかわりに、彼はそれを測ったのだ。 回る雲 彼が提案した原因はこうである。はじめ太陽は巨大で熱い大気、つまり星雲に包まれていた。星雲はゆっくり回転し、現在の軌道より外まで広がっていた。冷えるにつれて雲は縮み、縮むにつれてますます速く回るようになり、ついに縁で遠心力が重力とつりあうと、物質の環が分かれた。それぞれの環が集まってひとつの惑星となり、もとの雲と同じ向きに回った。衛星も同じように、惑星の大気から生まれたとされる。 なぜ縮む雲は速く回るのか。それは角運動量の保存で、フィギュアスケートの選手が腕を縮めると回転が速くなるのと同じ理屈である。回転軸から距離 $r$ のところを角速度 $\omega$ で回る質量 $m$ の角運動量は $$L = m\,r^2\,\omega$$である。外からトルクがはたらかなければ $L$ は変わらない。雲の半径が半分になると $r^2$ は四分の一になり、それを補うために $\omega$ は四倍になる。 $$m\,r^2\,\omega = m\left(\frac{r}{2}\right)^2\omega' \quad\Rightarrow\quad \omega' = 4\omega.$$ カント、ラプラス、そして角運動量の問題 その四十年前、1755 年に、哲学者イマヌエル・カントが似た考え、すなわち太陽系は塵の雲からできたという説を発表していた。ラプラスはカントの本を知らなかったようだが、十九世紀には二つの提案がまとめてカント=ラプラスの星雲説と呼ばれるようになった。この説は深刻な反論に直面した。太陽は太陽系の質量の 99.8% をもつのに、角運動量は約 1% しかもたない。ただ縮むだけの雲なら、太陽はずっと速く回っているはずだ。答えは二十世紀に出た。磁場と恒星風が若い星にブレーキをかけ、角運動量を外へ運び出すのである。今日の望遠鏡は、おうし座 HL 星のような若い星のまわりに原始惑星系円盤を撮影しており、そこには惑星が生まれつつあるらしい環とすき間が見える。現代の理論はラプラスのものとはずいぶん違うが、中心となる像は生き残った。星と惑星は、回転するガスと塵の円盤から生まれるのである。 練習:縮む星太陽の半径は約 $700\,000$ km で、25 日に一回自転する。質量も角運動量も失わずに、中性子星のように半径 10 km まで縮んだとしたら、新しい自転周期はいくらか。(質量分布の形は変わらず、$L \propto r^2\omega$ とする。) 半径は $\frac{700\,000}{10} = 70\,000$ 分の一になるから、$\omega$ は $70\,000^2 = 4.9 \times 10^9$ 倍になる。周期は同じ割合で短くなる。$25 \text{ 日} = 2\,160\,000$ s だから、$\frac{2\,160\,000}{4.9 \times 10^9} \approx 4.4 \times 10^{-4}$ s。千分の一秒の半分にも満たない。知られているもっとも速いパルサーの桁である。

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砂粒を数える者

ゲロン王よ、砂の数は無限だと考える人びとがいます。私はあなたに、私が名づけた数のなかには、大地を満たす砂の数ばかりでなく、宇宙を満たす砂の数をも超えるものがあることを示そうと思います。 — アルキメデス『砂粒を数える者』、ゲロン王への手紙 『砂粒を数える者』はヒエロン王の息子ゲロンにあてた手紙で、アルキメデスの本のなかでただひとつ、数学者でない読者のために書かれたものである。問題は、宇宙全体を満たすのに必要な砂粒の数より大きな数が存在することを証明することだった。 名前のない数 難しいのは計算ではなく、名づけることだった。ギリシアの記数法はアルファベットの文字を使い、実際にはミュリアス、つまり 10 000 までしか届かなかった。「ミュリアスのミュリアス」すなわち $10^8$ は、もう途方もない数だった。アルキメデスはその先へ進むことを提案した。 $10^8$ までの数を第一位とする。 $10^8$ を新しい単位として、$10^8 \cdot 10^8 = 10^{16}$ までの数を第二位とする。 以下同様にして第 $10^8$ 位まで進む。それは $\left(10^8\right)^{10^8} = 10^{800\,000\,000}$ で終わる。 これらすべての位が第一周期をつくる。アルキメデスはさらに周期を重ね、$10^{8 \cdot 10^{16}}$ にまで達した。要するに、底のべきを階段として使うという考えであり、科学的記数法の背後にあるのと同じ考えである。 宇宙の大きさ 宇宙を満たすには、その大きさを知らなければならない。アルキメデスは当時の天文学者が唱えたうちでもっとも大きな宇宙を選んだ。太陽を中心に置き、地球がそのまわりを回るとしたサモスのアリスタルコスの宇宙である。このモデルでは、一年を通じて恒星の見かけの位置のずれがまったく感じられないほど、恒星は遠くになければならなかった。 コペルニクス以前の太陽中心説 この問題についてのアリスタルコスの本は失われた。太陽を中心とする彼のモデルについて私たちが知っていることは、おもに『砂粒を数える者』のこの一節による。アルキメデスはここで、この仮説を最悪の場合として使うために要約しているのである。十八世紀のち、コペルニクスはアリスタルコスの考えを知っており、『天球の回転について』の手稿で彼に触れてさえいたが、その一節は印刷版では削られた。 それからアルキメデスは、いつも安全な側に大きく見積もりながら計算した。ケシの種一粒に砂粒がいくつ入るか、指の幅にケシの種がいくつ並ぶか、一スタディオン(およそ 180 m)に指の幅がいくつあるか、宇宙の直径に何スタディオンあるか。すべてを掛けあわせて、アリスタルコスの宇宙には $$10^{63} \text{ 粒}$$より少ない砂しか入らないと結論した。これは第一周期の第八位の数で、彼が考えだした体系の限界にはまだほど遠い。 なぜ王がそれを知りたがるのか この本は無限そのものについての授業である。多くの人は「とても大きい」と「無限」を混同していた。アルキメデスは、想像もつかないように見える量にも数があり、数学はそれに名前をつけ、それを超えることができると示している。同時にこの本は、太陽、月、地球の大きさ、さらにはアルキメデス自身による太陽の見かけの直径の測定など、当時の天文学の知識を集めてもいる。 練習:ミュリアス一ミュリアス、ミュリアスのミュリアス、そして第二位の最後の数を、10 のべきで書け。 一ミュリアスは $10^4$。ミュリアスのミュリアスは $10^4 \cdot 10^4 = 10^8$ で、第一位の終わりである。第二位は $10^8$ を単位とし、$10^8 \cdot 10^8 = 10^{16}$ まで続く。 練習:現代の数観測可能な宇宙にはおよそ $10^{80}$ 個の原子があると見積もられている。この数はアルキメデスの体系のどの位に入るか。 第 $k$ 位は $10^{8(k-1)}$ から $10^{8k}$ までである。$10^{80}$ については $8(k-1) < 80 \le 8k$、すなわち $k = 10$ で、$10^{80}$ は第一周期の第十位のちょうど最後の数である。砂を数えるためにつくられたアルキメデスの体系は、宇宙の原子を数えるにもまだ十分すぎるのである。