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参考文献、図版の出典、そして本の終わりに

さらに読むために Martzloff, Jean-Claude. A History of Chinese Mathematics. Berlin: Springer, 1997. Shen, Kangshen; Crossley, John N.; Lun, Anthony W.-C. The Nine Chapters on the Mathematical Art: Companion and Commentary. Oxford: Oxford University Press, 1999. Ifrah, Georges. Histoire universelle des chiffres. Paris: Robert Laffont, 1994. Ascher, Marcia; Ascher, Robert. Code of the Quipu. Ann Arbor: University of Michigan Press, 1981. Alder, Ken. The Measure of All Things: The Seven-Year Odyssey and Hidden Error That Transformed the World. New York: Free Press, 2002. Einstein, Albert. Die Grundlage der allgemeinen Relativitätstheorie. Annalen der Physik, 49, 1916, pp. 769–822. Weil, André. Souvenirs d’apprentissage. Basel: Birkhäuser, 1991. Iverson, Kenneth E. A Programming Language. New York: Wiley, 1962. Iverson, Kenneth E. Notation as a tool of thought. Communications of the ACM, 23(8), 1980, pp. 444–465. Knuth, Donald E. Two notes on notation. American Mathematical Monthly, 99(5), 1992, pp. 403–422. Graham, Ronald L.; Knuth, Donald E.; Patashnik, Oren. Concrete Mathematics. Reading: Addison-Wesley, 1989. 邦訳:『コンピュータの数学』共立出版。 Backus, John et al. The FORTRAN automatic coding system. Proceedings of the Western Joint Computer Conference, 1957, pp. 188–198. Stigler, Stephen M. Stigler’s law of eponymy. Transactions of the New York Academy of Sciences, 39, 1980, pp. 147–157. Carraher, Terezinha N.; Carraher, David W.; Schliemann, Analúcia D. Mathematics in the streets and in schools. British Journal of Developmental Psychology, 3, 1985, pp. 21–29. Carraher, Terezinha N.; Carraher, David W.; Schliemann, Analúcia D. Na vida dez, na escola zero. São Paulo: Cortez, 1988. D’Ambrosio, Ubiratan. Etnomatemática: elo entre as tradições e a modernidade. Belo Horizonte: Autêntica, 2001. Gerdes, Paulus. Geometry from Africa: Mathematical and Educational Explorations. Washington: Mathematical Association of America, 1999. Appel, Kenneth; Haken, Wolfgang. Every planar map is four colorable. Illinois Journal of Mathematics, 21, 1977, pp. 429–567. Hales, Thomas et al. A formal proof of the Kepler conjecture. Forum of Mathematics, Pi, 5, 2017, e2. Moura, Leonardo de; Ullrich, Sebastian. The Lean 4 theorem prover and programming language. CADE 28, Springer, 2021. 図版の出典 図版 出典 ライセンス 秦九韶『数書九章』の算木の数字(1247) ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン 『ドレスデン絵文書』62 ページ、シルヴェイナス・モーリーによる複製 ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン リマのラルコ博物館のインカのキープ ウィキメディア・コモンズ CC BY 2.0、bobistraveling アナンの十進時間の文字盤(1793 年ごろ) ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン 1921 年のアルベルト・アインシュタイン、フェルディナント・シュムッツァー画 ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン Fortran の文が打たれたパンチカード ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン 朱世傑『四元玉鑑』の三角形(1303) ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン ケネス・O・メイ・メダルを受けるウビラタン・ダンブロジオ(2001) ウィキメディア・コモンズ CC BY-SA 4.0、ICHM 四色で塗られた地図 ウィキメディア・コモンズ CC BY-SA 3.0、Inductiveload 対話型の図(ひとつの数の三つの書き方と十進時間)は、このサイトの四つの言語すべてで動く。ダウンロードした図版の記録と各ファイルのハッシュは data/semiotica_imagens.json にある。

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記法と文化:手引きと用語集

この章は、記法を人と場所と道具の産物として読んできた。以下の手引きは、どんな記号についてもそうした読み方をする助けになる問いを集めたものである。 記法についての五つの問い どんな道具から生まれたか。 算木の盤、パンチカード、APL のキーボード、黒板。記号の形は、しばしば道具の形を保っている。 どの共同体が使っているか。 物理学者、技術者、プログラマー、市場の売り手。同じ文字が、$\log$ や $j$ のように、部族ごとにちがう意味をもちうる。 何に取ってかわったのか、そしてなぜか。 メートルは、商売が得をしたので地方の単位に取ってかわった。十進時間は、だれも得をしなかったので何にも取ってかわらなかった。 だれを締め出しているか。 どんな略記も、約束を知らない人に通行料を払わせる。多くの読み手のために書く人は、少なくとも一度は近道をほどく。 何を考えられるようにしているか。 赤と黒の算木は負の数を考えられるようにした。アイバーソンの括弧は数えることを和に変える。形式的な書き方は、機械が証明を確かめることを可能にする。 ひとつの記号をまるごと読む:プログラムの等号 スーパーマーケットのレジのプログラムにある total = total + price という行を考えよう。 道具: パンチカードと Fortran のキーボード。記号が少なく、式から等号を受けついだ。 共同体: プログラマー。彼らにとって等号は「しまえ」を意味する。数学者にとって、この行は $\text{price} = 0$ を強いる方程式である。 何に取ってかわったか: レジ係が商品ごとに手で行っていた「足して書きとめる」こと。 だれを締め出しているか: 等号は等しいことを主張するのだと、学校で習ったばかりの生徒。 何を考えられるようにしているか: 名前を時間とともに変わる箱として考えること。あらゆる反復アルゴリズムの土台である。 用語集 算木の数字。 計算盤を写した中国の数の書き方。算木が位ごとに縦と横を交互にとる。 二十進法。 各位が前の位の二十倍を表す体系。マヤが使い、ゼロのための専用の記号をもっていた。 キープ。 インカが十進の位取りで数を記録するために使った、結び目のある紐の集まり。 十進時間。 一日を 10 時間、1 時間を 100 分、1 分を 100 秒に分ける制度。フランス革命が 1794 年に押しつけ、1795 年に放棄した。 グラード。 直角が 100 になる角度の単位。電卓の GRAD モードとして生き残っている。 アインシュタインの規約。 ひとつの項に二度現れる添字について和をとることを暗黙のうちに示す規則。 床関数と天井関数。 $\lfloor x \rfloor$ は $x$ 以下の最大の整数、$\lceil x \rceil$ は $x$ 以上の最小の整数(アイバーソン)。 アイバーソンの括弧。 命題 $P$ が真なら $[P]$ は $1$、偽なら $0$。 代入。 名前に値をしまう命令。Fortran と C では x = x + 1、Algol と Pascal では x := x + 1、クヌースでは $x \leftarrow x + 1$。 スティグラーの法則。 どんな発見も最初の発見者の名前ではよばれない。スティグラーはこれをマートンのものとした。 エポニム。 定理や公式や対象に与えられた人名。「パスカルの三角形」など。 民族数学。 文化的な集団が学校の内外で数え、はかり、計算するしかたを研究する分野(ダンブロジオ)。 証明支援系。 形式言語で書かれた証明を一歩ずつ確かめるプログラム。Coq や Lean など。 練習:手引きを使う問い 1、2、5 を百分率の記号 $\%$ に当てはめよ。 道具: この記号は、イタリアの商売で per cento(百につき)を略したものから来ている。帳簿に手で書かれ、時とともに縮んで $\%$ になった。2. 共同体: 数学者より先に、商人や銀行家。5. 何を考えられるようにしているか: 分母のちがう比を、$100$ という共通の基準で比べること。$\frac{3}{8}$ と $\frac{7}{20}$ は比べにくいが、$37.5\%$ と $35\%$ はそうではない。

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機械のための記法:コンピュータが確かめる証明

二千年のあいだ、数学の証明は人が読むために書かれた文章だった。「明らかな」段階を飛ばしたり、図にたよったり、共同体の約束を使ったりできた。残りは読み手が補ったのである。この五十年で、何ひとつ補わない読み手が現れた。コンピュータである。 四つの色 となりあう国がちがう色になるように地図を塗るには、何色あれば足りるか。答えの四色は 1852 年に予想され、一世紀以上も抵抗した。1976 年、イリノイ大学のケネス・アッペルとヴォルフガング・ハーケンは、問題を二千近くの場合に帰着させ、それをコンピュータに一つずつ、千時間以上の計算時間をかけて確かめさせることで証明した。 四色で塗られた地図。となりあう二つの地域が同じ色になることはない。Inductiveload · ウィキメディア・コモンズ · CC BY-SA 3.0 学界は割れた。人間がだれも全部を読めない証明は、証明なのだろうか。支持する人々は、長い証明の多くもまた、だれにも全部は読まれていないことを指摘した。批判する人々は、プログラムには誤りがありうると言った。2005 年、フランスのジョルジュ・ゴンティエは、コンピュータの部分も含めて証明全体を、Coq という証明支援系で書いた。それは公理から出発して論理の一歩一歩を確かめるものである。疑いは場所を移した。「プログラムは正しいか」ではなく、「確かめる側は正しいか」になったのである。それはずっと小さく、点検しやすいプログラムである。 ケプラー予想 1611 年、ケプラーは、オレンジをもっとも密に積む方法は八百屋のピラミッドだと主張した。1998 年、アメリカのトーマス・ヘイルズは、数百ページの議論と大がかりなコンピュータ計算を組み合わせた証明を発表した。査読者のチームは四年間取り組み、正しさを「99% 確信している」と述べた。ヘイルズは残りの 1% に満足せず、証明全体を形式言語で書く Flyspeck 計画を始めた。2014 年、何十人もの協力者とともに計画は完了した。機械が一歩一歩を確かめたのである。 Lean 今日、数学者にもっともよく使われている証明支援系は Lean で、2013 年に、当時マイクロソフト・リサーチにいたブラジルのレオナルド・デ・モウラが作った。そのまわりに mathlib が育った。何百人もが書いた、数十万の形式化された定理をもつ共同のライブラリである。2020 年、ドイツのフィールズ賞受賞者ペーター・ショルツェは、自分でもすべての細部を確かめたか自信のない自分の結果を形式化するよう、共同体に呼びかけた。「液体テンソル実験」(Liquid Tensor Experiment)は 2022 年に終わった。結果は正しく、形式化によって証明を簡単にできる箇所も見つかった。 Lean の一行は次のようなものである。 theorem soma_comuta (a b : ℕ) : a + b = b + a := Nat.add_comm a b 「任意の自然数 $a$、$b$ について $a + b = b + a$ であり、証明はライブラリの交換法則の定理である。」何ひとつ言わずにすませていない。各文字の型も、各段階の出どころも。これは第7章の線形の書き方を極限まで推し進めたものであり、第4章のことばによる証明を、機械が確かめられる文法に翻訳したものである。 共同体を変える記法 形式化は仕事のしかたを変えつつある。2024 年にイギリスのケヴィン・バザードが始めたフェルマーの最終定理の形式化のような計画には、会ったこともない何十人もの協力者が集まり、それぞれがひとつの補題を形式化する。継ぎ目は機械が確かめるので、部品はきっと組み合わさるという確信がある。記法はまたしても、だれがどのように参加できるかを決めている。

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生活では満点、学校では零点:紙の外の数学

1980 年代のはじめ、ブラジルのペルナンブーコ連邦大学の三人の研究者、テレジーニャ・ヌネス・カラーヘル、デイヴィッド・カラーヘル、アナルシア・シュリーマンは、レシフェの市場へ行き、ヤシの実やトウモロコシやポップコーンを売る 9 歳から 15 歳の子どもたちと話した。客のふりをして、買い物のときに計算問題を出したのである。あとで彼らは、同じ計算を学校ふうに紙に書いて持っていった。 1985 年に『街の数学と学校の数学』(Mathematics in the streets and in schools)という題で発表された結果は、有名になった。市場では、子どもたちは計算の約 98% に正しく答えた。同じ計算を文章題として出すと約 74%。物語のない筆算の練習として出すと約 37% だった。のちに著者たちがブラジルで出版した本は、題名で事情をまとめている。Na vida dez, na escola zero(1988)、「生活では満点、学校では零点」。 二つの計算のしかた 変わったのは計算ではなく、記法だった。研究に記録された会話のひとつで、客が一個 35 クルゼイロのヤシの実を四つ買うといくらかとたずねる。少年はおおよそこう答える。「三つで百五、三十足して百三十五、五足して百四十。」彼はすでにおぼえている値段(ヤシの実三つ)から出発し、少しずつ足していき、一歩ごとに、それぞれの数が何であるか、つまりお金でありヤシの実であることを知っている。 紙の上では、同じ計算は $35 \times 4$ となり、列にそろえて、くり上がりをして書かれる。筆算のアルゴリズムが強力なのは、まさに意味を忘れるからである。ヤシの実でもメートルでも年でも同じように働く。しかし意味を忘れると、生徒は手綱も失う。どこかの位をまちがえても、ヤシの実四つで $1400$ クルゼイロがばかげていることに気づかない。路上では、この手綱は決して失われない。 民族数学 ブラジルの数学者ウビラタン・ダンブロジオ(1932–2021)は、1970 年代から、学校の外に生きるこうした数学を研究する分野に名前を与えた。民族数学(エトノマテマティカ)、つまりそれぞれの文化的な環境(エトノ)で現実を説明し扱う(マテマ)しかた(ティカ)である。市場の売り手、大工、お針子、漁師、先住民。だれもが、自分なりの、しばしば口頭の記法と手順で、数え、はかり、比べ、計算している。 2001 年、国際数学史委員会のケネス・O・メイ・メダルを受けるウビラタン・ダンブロジオ。International Commission on the History of Mathematics · ウィキメディア・コモンズ · CC BY-SA 4.0 モザンビークでは、数学者パウルス・ゲルデスが ソナ を研究した。アンゴラのチョクウェの人々が砂の上に描く絵で、指を離さずに一本の線で点の格子のまわりをめぐるものである。その背後には、最大公約数や対称性で書ける規則性がある。民族数学は、こうした営みが服を着がえた学校の数学と「同じ」だと言うのではない。それらは本物の知識であり、学校はそれを無視するのではなく、そこから出発するときに得るものがある、と言うのである。 民族数学とは、都市や農村の共同体、労働者の集団、職業階層、ある年齢層の子どもたち、先住民の社会、そして目的と伝統を共有することで自らを認めあうほかの多くの集団など、文化的な集団によって実践される数学である。 — ウビラタン・ダンブロジオ『民族数学:伝統と近代のあいだのきずな』(2001) 橋 記法にとっての教訓は二重である。学校の書き方だけが数学的に考える方法ではなく、紙の上で失敗する生徒が生活の中では上手な計算家かもしれない。しかし学校の書き方は、口頭の計算にはないものを与える。一般性、記録、確かめて人に伝える可能性である。よい教育は二つのあいだに橋をかける。「三つで百五」から出発して、$4 \times 35 = 3 \times 35 + 35$ が同じことを別の書き方で書いたものだと示すのである。

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定理につけられた名前:スティグラーの法則

定理や公式や数の名前は、記法のうちで、ほとんどだれも疑問に思わない部分である。私たちは「パスカルの三角形」「ペル方程式」「ロピタルの定理」と、名前が中立的なラベルであるかのように書く。そうではない。名前は、だれが、だれによって、どの言語で読まれたかを記録している。 自分で自分を確かめる法則 1980 年、アメリカの統計学者スティーヴン・スティグラーは、挑発的な法則をかかげた論文を発表した。どんな科学的発見も、最初の発見者の名前ではよばれない。そしてしめくくりに、その法則を、すでにこの現象を研究していた社会学者ロバート・K・マートンのものとした。つまりスティグラーの命名法則は、それ自身の一例なのである。大げさではあるが、居心地が悪いほどよく当たる。 たくさんの名前をもつ三角形 それぞれの数が上の二つの数の和になっている数の三角形には、1654 年にそれについての論文を書いたブレーズ・パスカルの名前がついている。しかしそれは、紀元 1000 年ごろのペルシアのカラジーやオマル・ハイヤームの本にすでにあり、10 世紀インドのハラーユダの注釈にも現れる。そして中国では、数学者楊輝が 1261 年にそれを発表し、二世紀前の賈憲のものとした。中国ではいまも楊輝三角とよばれ、イタリアではタルタリアの三角形、イランではハイヤームの三角形とよばれる。 朱世傑『四元玉鑑』(1303)に「古法七乗方図」の題で載っている三角形。数は八段めまで、算木の数字で書かれている。朱世傑 · ウィキメディア・コモンズ · パブリックドメイン 上の朱世傑の三角形は、パスカルより 350 年前に描かれた。数がこの章の最初の文章の算木で書かれていることにも注意しよう。「パスカルの」という名前は、だれが最初に見たかを言っているのではない。世界の学校に届いた数学がヨーロッパのものであり、ヨーロッパ人が楊輝より先にパスカルを読んだ、と言っているのである。 何もしなかったペル 整数解を求める方程式 $x^2 - N y^2 = 1$ はペル方程式とよばれる。イギリスのジョン・ペルは、これとほとんど関係がない。インドのブラーマグプタが 628 年にそれを研究して解を組み合わせる規則を見つけ、バースカラ二世が 1150 年ごろ、すべての場合を解く方法、チャクラヴァーラ法を与えた。ヨーロッパでは、フェルマーが 1657 年に挑戦問題として出し、ウィリアム・ブラウンカーが解いた。ペルとブラウンカーを取りちがえてまちがった名前をつけたのはオイラーで、その名前がそのまま残ったのである。 買われた定理 $\frac{0}{0}$ の形の極限を、分子と分母を微分して求める定理には、ロピタル侯爵の名前がついている。彼はそれを 1696 年、最初の微分学の教科書で発表した。しかし結果は、彼の家庭教師だったヨハン・ベルヌーイのものだった。1694 年、二人は取り決めをしていた。ロピタルはベルヌーイに毎年年金を払い、そのかわりにベルヌーイの発見を受けとって好きなように使えるのである。この場合、記法は契約を記録している。 フィボナッチのウサギとインドの詩人たち 数列 $1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, \ldots$ には、1202 年にウサギの問題でそれを使ったフィボナッチの名前がついている。その何世紀も前に、ヴィラハーンカや、のちのヘーマチャンドラのようなインドの詩人や文法学者が、短い音節と長い音節で詩の一行を作る方法が何通りあるかを数えて、すでにそれを見つけていた。問いはリズムについてのもので、ウサギについてのものではなかった。 いまさら名前をかえることはできないし、望ましくもないかもしれない。名前は記号の一部であり、かえれば混乱を生む。しかし名前がどこから来たのかを知ると、名前が教えてくれることが変わる。たくさんの名前をもつ三角形は、数学が多くの場所で作られたことを教える教材でもある。 練習:朱世傑の最後の段朱世傑の三角形の最後の段は $(a+b)^8$ の係数を与える。それを書き、和を確かめよ。 $1, 8, 28, 56, 70, 56, 28, 8, 1$。和は $256 = 2^8$ で、どの段でもそうなる。$a = b = 1$ とおけば $(1+1)^8 = 2^8$ だからである。図で最後の段のまん中の $70$ を探してみよう。十の位の $7$ は算木の横式で書かれ、五を表す縦の一本と横の二本からできている。

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命令する等号:x = x + 1 とプログラミング言語

数学者にとって、 $$x = x + 1$$という一行は解のない方程式である。両辺から $x$ をひくと $0 = 1$ が残る。プログラマーにとっては、もっともよく出てくる行のひとつで、「$x$ の値をとり、一を足し、結果を $x$ にしまえ」という意味である。同じ記号が、二つの共同体で正反対の仕事をしている。あちらでは等しいことを主張し、こちらでは代入を命じるのである。 Fortran が等号を選んだ 張本人は Fortran である。広く使われた最初の高水準プログラミング言語で、ジョン・バッカスの率いるチームが IBM で作り、1957 年に公開された。プログラムはパンチカードに打ちこまれ、一枚に一文で、カード穿孔機のキーボードには記号が少なかった。「$N$ に値 $27$ をしまえ」と言うために、Fortran は技術者の式のように N=27 と書いた。 Fortran の文が打たれたパンチカード。二枚めのカードの N=27 は、N が 27 に等しいと主張しているのではない。N に 27 をしまえと命じているのである。Tangopaso · ウィキメディア・コモンズ · パブリックドメイン この選択は実用的なもので、そのまま定着した。しかし、プログラミングを数学として考える人々は落ち着かなかった。1958 年から 1960 年にかけて国際委員会が作った Algol 言語は、代入には別の記号 := を使い、= は比較のためにとっておいた。スイスのニクラウス・ヴィルトは Pascal(1970)で := を引きつぎ、ドナルド・クヌースは『The Art of Computer Programming』で代入を矢印 $x \leftarrow x + 1$ で書く。アイバーソンの APL も矢印を使い、統計言語 R はそれを <- として受けついだ。

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思考の道具としての記法:アイバーソン

1962 年、ハーバードで教えたのち IBM で働いていたカナダのケネス・アイバーソンは、『あるプログラミング言語』(A Programming Language)という本を出版した。題名に反して、それは数学の記法の本だった。数のリストや表をまるごと扱う演算のための新しい記号を使って、アルゴリズムを簡潔かつ正確に書く方法である。数年後、IBM 自身がこの記法をコンピュータで実行できる言語に変え、本の名をとって APL と名づけた。 床、天井、そしてかっこ アイバーソンの記号のいくつかは、APL を出てふつうの数学に入った。もっともよく知られているのは、床関数と天井関数の組である。 $$\lfloor x \rfloor = x \text{ 以下の最大の整数}, \qquad \lceil x \rceil = x \text{ 以上の最小の整数}.$$彼以前は $[x]$ や「$x$ の整数部分」と書かれ、天井関数の記号はなかった。二つがあれば、いくつもの場合分けが必要だった計算が一行に収まる。$1$ から $100$ までの $7$ の倍数の個数は $\lfloor 100/7 \rfloor = 14$ である。 もうひとつの記号、アイバーソンの括弧は、命題を数に変える。 $$[P] = \begin{cases} 1, & P \text{ が真のとき}, \\ 0, & P \text{ が偽のとき}. \end{cases}$$これを使えば、「$1$ から $n$ までの偶数を数える」はふつうの和 $\sum_{k=1}^{n} [k \text{ は偶数}]$ になり、その和はいつもの規則で扱える。ドナルド・クヌースは 1992 年に『記法についての二つの覚え書き』(Two notes on notation)という論文でこの括弧を擁護し、ロナルド・グレアム、オーレン・パタシュニクとの共著『コンピュータの数学』(Concrete Mathematics)の全体で使った。前の文章のクロネッカーのデルタは特別な場合にすぎない。$\delta_{ij} = [i = j]$ である。

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部族の約束:アインシュタイン、ブルバキ、通の読み手

ある記法は、すべての数学者に同じように属しているわけではない。分野ごとに、ときには学派ごとに近道があり、外から来た人はそこでつまずく。これは欠陥ではない。生きた言語ならどれでもそうであるように、なまりや専門用語に分かれていくのである。だが、それは読み手や学ぶ人に影響を与える。 アインシュタインは和の記号を消す 1916 年、一般相対性理論を発表した論文で、アルベルト・アインシュタインは次のような式を何百も書かなければならなかった。 $$\sum_{\mu=1}^{4} a_\mu b^\mu = a_1 b^1 + a_2 b^2 + a_3 b^3 + a_4 b^4.$$彼は、自分の式では、添字が下と上に一度ずつ、二度くり返されるとかならず和が現れることに気づいた。そこで読み手と取り決めをした。添字が二度現れたら和をとることにし、$\Sigma$ は書かなくてよい、と。上の式は $a_\mu b^\mu$ とだけ書かれる。 1921 年、ウィーンで講演するアルベルト・アインシュタイン。フェルディナント・シュムッツァー画。Ferdinand Schmutzer · ウィキメディア・コモンズ · パブリックドメイン アインシュタインは友人に冗談を言ったと伝えられている。「数学で大発見をした。二度現れる添字について和をとるときは、いつも和の記号を省くことにしたのだ。」冗談には真剣な中身がある。アインシュタインの規約は、いまでは相対性理論と微分幾何学の共通語である。物理学者は $R_{\mu\nu} g^{\mu\nu}$ を読むとき、そこに十六項の二重和が隠れているとは考えもしない。ほかの分野の学生には、二つの文字が見えるだけで、和はまったく見えない。 ブルバキの記号 1935 年から数学の基礎を書き直したフランスの集団数学者ニコラ・ブルバキのグループは、いまでは普遍的に見える跡を記法に残した。空集合の記号 $\varnothing$ は、ノルウェー語のアルファベットの文字 Ø を知っていたアンドレ・ヴェイユが、1939 年の『数学原論』第一巻のために選んだものである。そしてブルバキの本の余白には、交通標識の危険なカーブ ☡ があり、その部分には特別な注意がいることを読み手に知らせている。 ひとつの文字、いくつもの部族 $i$ か $j$ か。 数学者にとって $\sqrt{-1}$ は $i$ である。電気技術者にとっては $j$ である。$i$ はもう電流に使われていたからだ。両者は同じものを $3 + 4i$ と $3 + 4j$ と書く。 $\log$。 多くの数学者にとって $\log x$ は底 $e$ の自然対数である。技術者や電卓にとっては底 10、計算機科学者にとっては、ほとんどいつも底 2 である。三つの意味が、同じ年に出版された本の中に共存している。 $\langle \psi |$。 量子物理学者は、ポール・ディラックのかっこ(1939)で状態を書く。ブラ $\langle \phi |$ とケット $| \psi \rangle$ で、合わせてブラケット $\langle \phi | \psi \rangle$ になる。この記法は英語のかっこ(bracket)をもじったしゃれであり、同時に、ある種の計算をほとんどひとりでに書かせてしまう。 合言葉と境界 共同体の記法は、すでに中にいる人のインクを節約し、外にいる人に通行料を払わせる。それは合言葉である。和の記号なしに $a_\mu b^\mu$ と書く人は、自分が部族の一員であることを示す。よい啓蒙書やよい先生は逆の道をたどる。部族が言わずにすませていることを、少なくとも一度はすべて書き出すのである。

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メートルは勝ち、十進時間は負けた

1793 年、フランス革命のさなか、国民公会は時間も十進にすると決めた。一日は 10 時間、1 時間は 100 分、1 分は 100 秒になる。時計職人たちは新しい文字盤を作り、人々が慣れるように、二つの目盛りを並べたものもあった。 時計職人アナンが国民公会に提出した紙の文字盤。新しい時刻をアラビア数字で、古い時刻をローマ数字で示し、比べられるようにしている。「新しい時刻と古い時刻の関係、国民公会により採択」。Hanin · ウィキメディア・コモンズ · パブリックドメイン 十進時間は 1794 年の終わりに義務となり、1795 年 4 月に停止された。布告から十七か月後のことである。だれも家の時計をかえたがらず、教会の時計は十二を打ちつづけ、新しい時間には手間をつぐなうだけの実際的な利点が何もなかった。三十日の月を十日ずつの三つの「デカード」に分けた共和暦は、もう少し長く続いた。ナポレオンが 1806 年のはじめに廃止したのである。 この対話型の図を使うには JavaScript を有効にしてください。議論の全体は本文にあります。 メートル 十進時間を葬ったのと同じ 1795 年の法律が、メートル法を生んだ。メートルは北極から赤道までの距離の一千万分の一と定められ、二人の天文学者、ジャン=バティスト・ドランブルとピエール・メシャンは、それを決めるために 1792 年から 1798 年まで、ダンケルクとバルセロナのあいだの子午線の弧を測った。グラム、リットル、アールもいっしょに生まれ、すべてメートルに結びつき、すべて十で分けられた。 メートルが勝ち、時刻が負けたのは、メートルが現実の問題を解いたからである。フランスには、名前は同じで値のちがう地方ごとの単位が何百もあった。商売はそれに苦しみ、税を取り立てる国も同じだった。十進の体系は、換算を小数点を動かすだけのことにした。第1章で見た位取りと同じ利点である。それでも、フランスで義務となったのは 1840 年になってからだった。 ケブラ・キロスの反乱 ブラジルは 1862 年の法律でメートル法を採用し、切りかえに十年の猶予をおいた。1874 年、北東部の内陸の市場で新しい度量衡が強制されはじめると、パライバ、ペルナンブーコ、アラゴアス、リオ・グランデ・ド・ノルテの農民たちが役場や市場に押し入り、はかりやメートルの原器を打ちこわした。この反乱はケブラ・キロス、「キロこわし」として知られるようになった。ひょうたんや竿で売り買いしていた人々にとって、新しい記法はだまされる手段がまたひとつ増えたものとして、しかも新しい税といっしょにやってきたのである。 残ったグラード 革命家たちは角度も十進にしようとした。直角は 100 グラード(百分度)、一回りは 400 になる。この考えは時刻より幸運だった。何世代ものフランスの測量士や地図製作者に使われ、いまも関数電卓の GRAD モードとして、DEG や RAD と並んで現れる。しかし 360 と 60 分をもつバビロニアの度は、一歩も動かなかった。 教訓は、記法は論理的だというだけでは勝たない、ということである。それを使う共同体が切りかえで失うより多くを得るとき、そして押しつける側が使う側の信頼を得ているときに、記法は勝つ。 練習:十進の夕方ふつうの時計で 18 時は、十進時間では何時か。9 時はどうか。 18 時には一日の $\frac{18}{24} = 0.75$ がすぎている。十進時間では $0.75 \times 10 = 7.5$ 時間、つまり 7 時 50 十進分である。9 時は一日の $\frac{9}{24} = 0.375$、つまり 3 時 75 十進分である。十進の一日は十進法で書かれた分数なので、計算はやさしい。一日の $0.375$ は、そのまま 3 時 75 と読める。

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別の書き方、別の数学:算木、点、結び目

いま私たちが使う数の書き方が自然に見えるのは、それしか習わなかったからである。しかしほかの文化は、量を書き表し、それで計算するという同じ問題を、別のやり方で解いた。そしてそれぞれの解き方は、その文化が考えることのできたものに跡を残した。 中国の算木 二千年近くのあいだ、中国の数学者たちは算木で計算した。竹や骨や金属の小さな棒を、列に分けた盤の上に並べるのである。各列は十進のひとつの位で、1 から 5 までの数字は同じ本数の算木で表し、6 から 9 は五を表す一本にいくつかを加えて表した。となりの列と混ざらないように、算木の置き方は交互に変わった。一の位は縦、十の位は横、百の位はまた縦である。 秦九韶『数書九章』(1247)に算木の数字で書かれた計算。空いた位はすでに小さな丸、つまりゼロで示されている。秦九韶 · ウィキメディア・コモンズ · パブリックドメイン 算木の記法は道具の記法である。それは盤を写している。空いた位は、算木のない列にすぎなかった。数が紙の上に移ると、それは空白になり、13 世紀には上のページのように小さな丸になった。 そして算木には色があった。紀元前後ごろにまとめられた『九章算術』は、「正」の数と「負」の数を使って連立方程式を解く方法を教えている。注釈者の劉徽は 263 年に、一方には赤い算木、もう一方には黒い算木を使い、それらを足したり引いたりする規則があったと説明している。ヨーロッパでは、それから千年以上たっても、負の数は「ばかげた数」と呼ばれていた。二色の道具が、一色のインクしかもたないヨーロッパの書き方がなかなか受け入れられなかったものを、考えられるものにしたのである。 この対話型の図を使うには JavaScript を有効にしてください。議論の全体は本文にあります。 マヤの点と棒 中央アメリカのマヤの人々は二十ずつ数えた。点は一、棒は五を表し、1 から 19 までの数字は、棒を最大三本、点を最大四つ使って作った。位は下から上へ積み重ねられ、空いた位には貝のような専用の記号があった。4 世紀の碑文ですでに使われていた位取りのゼロであり、インドのゼロとは独立に生まれたものである。 『ドレスデン絵文書』の 62 ページ。残っている数少ないマヤの本のひとつで、シルヴェイナス・モーリーによる複製。数は点と棒で、黒と赤で、蛇のあいだに書かれている。Sylvanus Morley · ウィキメディア・コモンズ · パブリックドメイン 暦の計算では、三番目の位は $20 \cdot 20 = 400$ ではなく、一年の日数に近い $18 \cdot 20 = 360$ を表した。この記法は天文学と祭祀に仕えていた。それを使いこなす神官たちは、日食や金星の周期を何世紀も先まで計算した。 インカの結び目 インカにはアルファベットの文字はなかったが、キープがあった。主となる紐から垂れ下がった何本もの紐に、いろいろな高さで結び目をつけたものである。1923 年、アメリカのリーランド・ロックは、多くのキープが十進の位取りで数を記録していることを示した。紐の上の結び目の高さが位を表し(一の位が下、十の位がその上、というように)、結び目の種類が数字を表した。キープを作り、読む専門家であるキープカマヨクは、帝国全体の人口調査、貢納、貯蔵をそこに保存していた。 リマのラルコ博物館にあるインカのキープ。垂れ下がった紐の一本一本が、結び目の位置と種類でひとつの数を保存している。bobistraveling · ウィキメディア・コモンズ · CC BY 2.0 残った六十進法 最後に、位取りの書き方のうちもっとも古いバビロニアのものは、私たちの書き方の中に生き残った。彼らは六十進法で数えた。だから 1 時間は 60 分、1 分は 60 秒、1 度は 60 分である。$1\text{ h } 23\text{ min } 45\text{ s}$ と言うとき、私たちは三けたの六十進数を書いているのである。

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参考文献と図版の出典

さらに読むために Seron, Xavier; Fayol, Michel. Number transcoding in children: a functional analysis. British Journal of Developmental Psychology, 12, 1994, pp. 281–300. Miura, Irene T.; Kim, Chungsoon C.; Chang, Chih-Mei; Okamoto, Yukari. Effects of language characteristics on children’s cognitive representation of number: cross-national comparisons. Child Development, 59, 1988, pp. 1445–1450. Skemp, Richard R. Relational understanding and instrumental understanding. Mathematics Teaching, 77, 1976, pp. 20–26. Gray, Eddie M.; Tall, David O. Duality, ambiguity, and flexibility: a “proceptual” view of simple arithmetic. Journal for Research in Mathematics Education, 25(2), 1994, pp. 116–140. Halliday, Michael A. K. Language as Social Semiotic. London: Edward Arnold, 1978. 数学のレジスターについての章。 Pimm, David. Speaking Mathematically: Communication in Mathematics Classrooms. London: Routledge & Kegan Paul, 1987. Baruk, Stella. L’âge du capitaine: de l’erreur en mathématiques. Paris: Seuil, 1985. Brousseau, Guy. Théorie des situations didactiques. Grenoble: La Pensée Sauvage, 1998. Pólya, George. How to Solve It. Princeton: Princeton University Press, 1945. 邦訳:ポリア『いかにして問題をとくか』丸善。 Matz, Marilyn. Towards a process model for high school algebra errors. In: Sleeman, D.; Brown, J. S. (eds.). Intelligent Tutoring Systems. London: Academic Press, 1982, pp. 25–50. Gray, Jeremy J. A commentary on Gauss’s mathematical diary, 1796–1814, with an English translation. Expositiones Mathematicae, 2, 1984, pp. 97–130. Berndt, Bruce C. Ramanujan’s Notebooks, parts I–V. New York: Springer, 1985–1998. Kanigel, Robert. The Man Who Knew Infinity: A Life of the Genius Ramanujan. New York: Scribner, 1991. Halmos, Paul R. How to write mathematics. L’Enseignement Mathématique, 16, 1970, pp. 123–152. Knuth, Donald E.; Larrabee, Tracy; Roberts, Paul M. Mathematical Writing. Washington: Mathematical Association of America, 1989. Nemeth, Abraham. The Nemeth Braille Code for Mathematics and Science Notation. Louisville: American Printing House for the Blind, 1972. 図版の出典 図版 出典 ライセンス イシャンゴの骨 ウィキメディア・コモンズ CC BY-SA 4.0、Joeykentin ニコライ・ボグダノフ=ベリスキー『暗算』(1895) ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン ガウスの日記の最初の記録(1796) ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン ガウスの日記の「ΕΥΡΗΚΑ」(1796) ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン ラマヌジャンのノートの一ページ ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン 『研究と発明』のキュバリトム(1926) ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン 対話型の図(話すとおりに書いた数、まちがった規則、ガウスのエウレカ)は、このサイトの四つの言語すべてで動く。ダウンロードした図版の記録と各ファイルのハッシュは data/semiotica_imagens.json にある。

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数学の読み書きを身につけるには:手引きと用語集

この章は学ぶ人によりそってきた。数を書き写す子ども、文章題を読む生徒、解答を書く学生。以下の手引きは、そのどの場面でも役に立つ習慣を集めたものである。 六つの習慣 鉛筆を手に読む。 数学の文章は密度が高い。一行が一段落に相当することもある。ポール・ハルモスは「ただ読むな。闘え!」と勧めた。計算をやり直し、例を考え、各段階がなぜ成り立つのかを問うこと。 声に出して読む。 $\sum_{k=1}^{n} k^2$ を「$k$ の二乗の、$k$ が一から $n$ までの和」と言うと、各部分を見分けざるをえない。話しことばがつかえるところでは、読みもつかえている。 計算する前に形を見る。 最後の演算は何か。くり返し、対称性、二度出てくる数はあるか。ボグダノフ=ベリスキーの黒板は、見ることで解ける。 両方向に翻訳する。 文章から式へは、未知のものそれぞれに名前と単位をつけて。式から文章へもどっては、それが問題の言っていることを言っているかを確かめるために。 数で試す。 規則を信じる前に、小さな値を代入する。反例ひとつでまちがった規則はくつがえる。たくさんの例は正しい規則を証明しないが、証明を探す自信を与えてくれる。 だれかのために書く。 完全な文、式のあいだのことば、計算の前に示される目標。友だちが解答をたどれないなら、それはまだできあがっていない。 書き方の悪い解答をまるごと読む ある生徒が「$2x + 3 = 11$ を解け」に、次の解答を出した。 $$2x + 3 = 11 = 2x = 8 = x = 4.$$ 正しいところ: 答えの $x = 4$ と、計算そのもの。 書かれていること: $11 = 8 = 4$ と主張する等号の鎖で、これは誤りである。等号が「そして次に」として使われている。第4章が区別しなければならないと示した使い方のひとつだ。 生徒が従った規則: 「したことを順番に、段階のあいだに等号を入れて書く」。一貫した規則だが、話しことばのレジスターと記号のレジスターを混ぜている。 書き直し: 「両辺から $3$ をひくと $2x = 8$。$2$ で割ると $x = 4$。確かめ:$2 \cdot 4 + 3 = 11$。」 得られたもの: どの行も、それだけで正しくなった。読み手は、ある行と次の行のあいだで何がなされたかを知っている。 用語集 転記。 数をある表し方から別の表し方へ移すこと。たとえば話しことばの数詞から書かれた数字へ。 転記の誤り。 数を話すとおりにかたまりごとに書くこと。trezentos e quatro(三百と四)を $3004$ と書くなど。 数学のレジスター。 数学について話すために使われる言語の変種。ふだんのことばが取り決められた意味で使われる(ハリデー)。 教授学的契約。 生徒と先生が口に出さずに従う規則の集まり。「どの問題にも答えがある」など(ブルソー)。 キーワード。 演算の命令と受けとられる問題文のことば(「多い」なら足す)。うまくいくこともあるが、よく人を誤らせる。 約束。 取り決められた、ほかのものでもありえた規則。演算の順序、小数点、$\sin^2 x$ の意味など。 まちがった規則。 正しい規則からの類推でつくられた誤った規則。分配法則からの $(a+b)^2 = a^2 + b^2$ など(マッツ)。 反例。 一般的な主張が成り立たない場合。ひとつあればその主張はくつがえる。 プロセプト。 過程であると同時に、その過程が生み出す対象でもある記号。$3+4$ や $13^2$ など(グレイとトール)。 道具的理解と関係的理解。 規則の当てはめ方を知っていることと、さらにそれがなぜ成り立つかも知っていること(スケンプ)。 線形の記法。 位置の代わりに開始と終了の記号を使い、一列で書く書き方。ネメスの点字、TeX、電卓など。 練習:手引きを使うある生徒が書いた。「$\sqrt{x^2 + 9} = x + 3$、だから $x = 4$ のとき $7$ になる。」習慣 5 を使え。 $x = 4$ のとき、$\sqrt{16 + 9} = \sqrt{25} = 5$ であって、$7$ ではない。使われた規則 $\sqrt{a + b} = \sqrt{a} + \sqrt{b}$ は、分配法則からの類推によるまちがった規則であり、数でたった一度試すだけでくつがえる。等式 $\sqrt{x^2+9} = x + 3$ は $x = 0$ のときにしか成り立たない。