ベクトルとスカラー:ハミルトンのことば
四元数 $q = a + bi + cj + dk$ には、性質の異なる二つの部分がある。数 $a$ は実数の直線の上にとどまり、$bi + cj + dk$ の部分は空間のある方向を指す。1846 年、ハミルトンはそれらに名前をつけた。前者はスカラーである。小さいものから大きいものへと目盛り(スケール)の上で読みとれるからだ。後者はベクトルで、ラテン語の vector「運ぶもの」から来ている。ある点を別の点へ運ぶからである。二つのことばは定着し、今では四元数を聞いたこともない人々が使っている。
二つの積が一つに
二つの純ベクトル $u = u_1 i + u_2 j + u_3 k$ と $v = v_1 i + v_2 j + v_3 k$ を、橋の規則で掛けてみる。九つの積を展開して整理すると、
$$uv = -(u_1 v_1 + u_2 v_2 + u_3 v_3) + (u_2 v_3 - u_3 v_2)\,i + (u_3 v_1 - u_1 v_3)\,j + (u_1 v_2 - u_2 v_1)\,k$$となる。スカラー部分は内積 $u \cdot v$ にマイナスをつけたもの、ベクトル部分は外積 $u \times v$ である。
$$uv = -\,u \cdot v + u \times v.$$物理を学ぶ者が誰でも習う二つの積、二つのベクトルがどれだけ同じ向きを指すかをはかる積と、両方に垂直な方向を与える積は、四元数の掛け算の二つの半分として、いっしょに生まれたのである。ハミルトンはまた、今日 $\nabla$ と書かれる微分演算子も導入した。それとともに、勾配、発散、回転が同じ記号の部分として現れた。
四元数戦争
ハミルトンの死後、スコットランドのピーター・ガスリー・テイトが四元数の大擁護者となり、友人のジェームズ・クラーク・マクスウェルに電磁気学を四元数で書くよう説得しようとした。マクスウェルは 1873 年の『電磁気論』の一部でその記法を使ったが、熱意はなかった。1880 年代、アメリカのジョサイア・ウィラード・ギブズとイギリスのオリヴァー・ヘヴィサイドは、ハミルトンがしようとしなかったことをした。二つの積を切り離し、四元数全体を捨てて、ベクトルと内積と外積だけを残したのである。続いて『ネイチャー』誌の誌上で、二つの記法の支持者のあいだに激しい論争が起きた。教科書ではギブズとヘヴィサイドのベクトルが勝ち、四元数は一世紀後に計算機の中で戻ってきた。
四元数は、ハミルトンの本当によい仕事がすでになされたあとで彼から出てきたものだ。美しく巧妙ではあるが、どんなかたちであれそれに触れたすべての者にとって、まじりけのない災いだった。クラーク・マクスウェルも含めて。
— ケルヴィン卿、1892 年の手紙
練習:完全な積
$(2i + j)(i - k)$ を四元数の積として計算し、内積と外積で確かめよ。
$(2i + j)(i - k) = 2i^2 - 2ik + ji - jk = -2 + 2j - k - i$。公式では、$u \cdot v = 2 \cdot 1 + 1 \cdot 0 + 0 \cdot (-1) = 2$、$u \times v = (1 \cdot (-1) - 0 \cdot 0,\; 0 \cdot 1 - 2 \cdot (-1),\; 2 \cdot 0 - 1 \cdot 1) = (-1, 2, -1)$。よって $uv = -2 - i + 2j - k$ で、一致する。
練習:垂直なものは反可換
二つのベクトル $u$ と $v$ が垂直であるのは、$uv = -vu$ のとき、かつそのときに限ることを示せ。
$u \times v = -\,v \times u$、$u \cdot v = v \cdot u$ なので、$vu = -u \cdot v - u \times v$ である。したがって $uv = -vu$ は $-u \cdot v + u \times v = u \cdot v + u \times v$、つまり $u \cdot v = 0$ を意味する。ベクトルは垂直である。$ij = -ji$ となるのはこのためだ。
出典: William Rowan Hamilton, “On Quaternions”, Philosophical Magazine(1844–1850)· Michael J. Crowe, A History of Vector Analysis(1967)· J. Willard Gibbs, Elements of Vector Analysis(1881–1884)· Oliver Heaviside, Electromagnetic Theory、第 1 巻(1893)。