行列式のラプラス展開
行列式は連立一次方程式を解くために生まれた。1750 年、ガブリエル・クラメルは自分の名がついた公式を発表した。各未知数を、係数からつくった二つの式の比として与える公式である。しかし未知数が多いとき、それらの式を整然と計算する方法がまだなかった。1772 年、アレクサンドル=テオフィル・ヴァンデルモンドとラプラスが、ほとんど同時に、これらの式をそれ自体ひとつの対象として研究した。今日の意味での行列式という言葉は 1812 年にコーシーが定め、いま使われている縦線の記号は 1841 年のアーサー・ケイリーにさかのぼる。
六つの項、三つの組
$3 \times 3$ 行列の行列式には六つの項がある。
$$\begin{vmatrix} a_1 & b_1 & c_1 \\ a_2 & b_2 & c_2 \\ a_3 & b_3 & c_3 \end{vmatrix} = a_1b_2c_3 - a_1b_3c_2 - a_2b_1c_3 + a_2b_3c_1 + a_3b_1c_2 - a_3b_2c_1.$$ラプラスの考えは、これらの項をある行(または列)の成分ごとにまとめることだった。第一列の成分 $a_1$、$a_2$、$a_3$ でくくると
$$= a_1(b_2c_3 - b_3c_2) - a_2(b_1c_3 - b_3c_1) + a_3(b_1c_2 - b_2c_1).$$それぞれのかっこは $2 \times 2$ の行列式で、その成分の行と列を消したときに残るものである。この小さな行列式をその成分の小行列式という。
$$= a_1\begin{vmatrix} b_2 & c_2 \\ b_3 & c_3 \end{vmatrix} - a_2\begin{vmatrix} b_1 & c_1 \\ b_3 & c_3 \end{vmatrix} + a_3\begin{vmatrix} b_1 & c_1 \\ b_2 & c_2 \end{vmatrix}.$$符号のチェス盤
符号はチェス盤の模様のように交互に変わる。第 $i$ 行第 $j$ 列の成分には符号 $(-1)^{i+j}$ がつく。
$$\begin{pmatrix} + & - & + \\ - & + & - \\ + & - & + \end{pmatrix}$$小行列式にこの符号を掛けたものを余因子という。ラプラス展開によれば、どんな大きさの行列の行列式も、任意の一つの行または列の成分にそれぞれの余因子を掛けて足したものに等しい。ラプラスが証明した定理はさらに一般的で、一つの行のかわりに複数の行を一度に選び、もっと大きな小行列式を使うこともできる。
行をうまく選ぶ
どの行や列を選んでもよいのだから、ゼロのいちばん多いものを選ぶのが得である。たとえば
$$\begin{vmatrix} 2 & 1 & 3 \\ 0 & 4 & 1 \\ 0 & 2 & 5 \end{vmatrix} = 2\begin{vmatrix} 4 & 1 \\ 2 & 5 \end{vmatrix} - 0 + 0 = 2(20 - 2) = 36.$$第一列で展開すると、項は一つしか残らない。
美しいが遅い
$n \times n$ 行列では、完全に展開すると $n!$ 個の項が出てくる。$n = 10$ なら $3\,628\,800$ 個、$n = 20$ なら約 $2.4 \times 10^{18}$ 個である。だから大きな行列の行列式を、こうやって計算する人はいない。ガウスの消去法なら約 $\frac{n^3}{3}$ 回の演算ですむ。ラプラス展開が貴重なのは、小さな行列、ゼロの多い行列、そしてなにより行列式の性質を証明するときである。
練習:4×4 の行列式
次を計算せよ。
$$\begin{vmatrix} 1 & 0 & 2 & 0 \\ 3 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 2 & 5 & 4 & 2 \end{vmatrix}.$$最後の列でゼロでない成分は (4, 4) の位置の 2 だけで、符号は $(-1)^{8} = +$ である。この列で展開すると
$$2\begin{vmatrix} 1 & 0 & 2 \\ 3 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{vmatrix}.$$こんどは最後の行に (3, 3) の位置の 1 しかなく、符号は $+$ である。$2 \cdot 1 \cdot \begin{vmatrix} 1 & 0 \\ 3 & 1 \end{vmatrix} = 2 \cdot (1 - 0) = 2$。
練習:等しい二つの行
ラプラス展開を使って、二つの行が等しい $3 \times 3$ の行列式はゼロであることを示せ。
第 1 行と第 2 行が等しいとして、残りの第 3 行で展開する。各余因子は符号を除けば第 1 行と第 2 行からなる $2 \times 2$ の行列式で、この二行は等しいから $\begin{vmatrix} p & q \\ p & q \end{vmatrix} = pq - qp = 0$ となる。すべての項が消えて、行列式はゼロである。同じ議論が帰納法によってどんな大きさでも成り立つ。
出典: Pierre-Simon Laplace、「Recherches sur le calcul intégral et sur le système du monde」、Mémoires de l’Académie royale des sciences(1772、1776 年刊) · Alexandre-Théophile Vandermonde、「Mémoire sur l’élimination」、Mémoires de l’Académie royale des sciences(1772) · Augustin-Louis Cauchy、「Mémoire sur les fonctions qui ne peuvent obtenir que deux valeurs égales et de signes contraires」、Journal de l’École polytechnique 10(1815) · Thomas Muir、The Theory of Determinants in the Historical Order of Development、第 1 巻(1906)。