ふつうの数学の書きものは二次元である。$\frac{x+1}{2}$ では、横線の上にあるものが下にあるもので割られる。$x^2$ では $2$ が高いところにあるので指数である。$\sqrt{x+1}$ では、根号の線が中にあるものをちょうどおおっている。位置は記号の一部であり、数の中の数字の位置と同じである。目はこれらすべてを一度に読む。では、目で読まない人はどうするのか。

ブライユの点

1829 年、五歳から目が見えず、パリの王立盲青少年学院で教えていたフランスのルイ・ブライユは、六つの浮き出た点を三つずつ二列に並べた書き方の体系を発表した。点の組み合わせのひとつひとつが記号である。少なくともひとつの点をもつ組み合わせは $2^6 - 1 = 63$ 通りあり、文字、句読点、数を表すのに十分だった。数については、ブライユは経済的な工夫をした。最初の十文字の前に数符を置くと、$a$ が $1$、$b$ が $2$、そして $j$ が $0$ を表すのである。

点字は線形の書きものである。記号がひとつずつ、一列に並ぶ。それで数学を書くには、ふつうの書きものが位置で言っていることを記号で言わなければならない。分数がどこで始まりどこで終わるか、指数がどこで終わるか、根号がどこまでかかるか。

キュバリトム

計算のためには、盲学校で長いあいだキュバリトム(cubarithme)が使われた。正方形のますに区切った盤に小さな立方体をはめこむもので、立方体の各面には点字の数字がついている。生徒はノートと同じように、一の位を一の位の下にそろえて筆算を組み、指で列をさわる。位置がもどってくる。今度は触覚を通じて。

フランスの雑誌『研究と発明』(*Recherches et inventions*、1926)によるキュバリトムの紹介。点字の数字のついた立方体をはめこむます目の盤で、触覚で筆算をする。
フランスの雑誌『研究と発明』(Recherches et inventions、1926)によるキュバリトムの紹介。点字の数字のついた立方体をはめこむます目の盤で、触覚で筆算をする。Pierre Villey · ウィキメディア・コモンズ · パブリックドメイン

ネメス・コード

アメリカのアブラハム・ネメス(1918–2013)は生まれつき目が見えず、数学を学ばないよう助言された。式を読む手段がないだろう、と言われたのである。彼は心理学を専攻し、ほかの仕事をしながら、余暇に数学の勉強を続けた。そしてついにコロンビア大学で数学の博士号をとり、何十年も大学で教えた。学んでいることを読み書きするために、彼は数学のための点字コードをつくった。それは 1952 年にアメリカで公式に採用され、いまもネメス・コードとして知られている。

このコードの中心にある考えは、位置を開始と終了の記号に変えることである。分数は「分数の始め、分子、横線、分母、分数の終わり」と書かれ、指数は「一段上がる、指数、基線にもどる」と書かれる。これは、今日私たちが別の理由で、キーボードで数学を打ちこむときにしていることと同じである。

$$\frac{-b \pm \sqrt{b^2 - 4ac}}{2a}$$

は、このサイト全体で使われている書き方であるクヌースの TeX では

\frac{-b \pm \sqrt{b^2-4ac}}{2a}

となり、位置の代わりに波かっこが使われる。どちらの場合も、線形にすることが構造をあらわにする。書き手は、各部分がどこで始まりどこで終わるかを言わざるをえないのである。

声に出して読む

スクリーンリーダーも、式を読み上げる先生も、同じ問題にぶつかる。「$x$ たす一、割る二」は $\frac{x+1}{2}$ かもしれないし、$x + \frac{1}{2}$ かもしれない。ふつうの話しことばでは、ちがいは間や抑揚でつけるが、それは文字にすると消えてしまう。数学を読み上げるスクリーンリーダーは、ネメスと同じやり方で解決する。「分数の始め、$x$ たす一、割る二、分数の終わり」と言うのである。重たく聞こえるが、それはまさに、図がことばなしに目にわたしている情報なのである。

練習:あいまいさなく読み上げる

聞き手がまちがえようのないように、$\sqrt{x+1}$、$\sqrt{x} + 1$、$\frac{\sqrt{x+1}}{2}$ をことばで書け。

「ルート、開き、$x$ たす一、閉じ。」「ルート $x$、ルートの終わり、たす一。」「分数の始め。ルート、開き、$x$ たす一、閉じ。割る二。分数の終わり。」「開き」「閉じ」「終わり」ということばが、ふつうの書きものの描く線の役目をはたしている。

練習:キーボードから紙へ

\frac{1}{1+\frac{1}{x}} と x^{2^n} をふつうの記法で書き、一つめを簡単にせよ。

一つめは $\dfrac{1}{1 + \frac{1}{x}}$、分数の中の分数である。分子と分母に $x$ をかけると $\dfrac{x}{x+1}$ になる($x \neq 0$、$x \neq -1$ のとき)。二つめは $x^{2^n}$ である。指数 $2^n$ がそれ自身の指数をもっており、波かっこは $n$ が $x$ ではなく $2$ に属することを示している。


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